世間の目なんて気にするな。好きな時に結婚すればいーんじゃない!?


先日テレビを観ていたら、ある若いキレイな女優さんが「最悪30歳までには結婚したい」と言っているのを聞いてぶっ飛んだ。
「最悪」って、アンタ。
ああ、若いってこういうことを言うんだな、としみじみ思ってしまいました。

でも私、彼女のことを責める気にはなれなかった。
なぜなら、かくいう私もはたちそこそこの頃は職場にいた30歳ぐらいの女性とか、申し訳ないけどとても同じ女性とは考えられなかった記憶があるから。
今考えれば恐ろしい話ですが、若いってつまりそういうことなんです。

もちろん、私がはたちの頃に周りにいた30歳女性より、今の30歳女性のほうがグンと見た目が若くなってるのは事実。あの頃は「美魔女」なんていう言葉だってなかったし、今のように、40歳の女性が25歳の女性と恋愛戦線で張り合うような時代が来るなんて思ってもみなかった。

これは知り合いの美容外科の先生が言っていたことなんだけど、今は肌もいろいろ手入れすれば20代も40代も区別がつかないらしい。
つまりはそれだけ個々の「テコ入れ」が明暗を分ける時代になってるわけです。

で、適齢期の話ですが。
これもまた、ひとそれぞれというか、めっちゃ細分化された時代になってきてるんじゃないかと。だから、世間的な統計上の「適齢期」は意味がない。
だから、女が35過ぎて独身なのはヘンだとか、40過ぎて結婚してない男にはなんらかの問題があるとかいうのは、そういうケースもあるかも知れないけど、やはりあんまり一般化しないほうがいいと思う。

「女はクリスマスケーキ(つまり25歳まで)」という言葉がもはや死語になってるように、今はもう「適齢期ってなんですか?」というくらい、統計を取るのが無意味になってる。
地方と都会でもそれは違うし(地方に行くほど早い)、女性は特に、子供を二人も三人も産みたいんだったら早いに越したことはないけれど、もしそうでもないんだったら、生涯を共にする伴侶を選ぶには慎重に時間をかけたほうが間違いが少ない。

最初の職場に、23歳同士で電撃結婚した同期がいた。
ふたりともいいとこのお坊ちゃんお嬢さん同士で、だから結婚式とかもそりゃあ派手で、帝国ホテルの富士の間を貸し切った披露宴は、それこそ社長や会長なんかが挨拶するくらい豪華絢爛なものだった。

だけどそのふたり、たった一年であっさり離婚しちゃったの。
理由はお決まりの「性格の不一致」。たった一年ですよ? ご祝儀3万、返せーって佐伯はほんと思いましたね。

一年で破局は極端だけど、自分の周りを見ている限り、人間、あんまりひとを見る目が肥えてないうちは安易に結婚しないほうがいい気がする。
というのは、若いうちにノリだけであっさりと結婚しちゃうと、それがうまくいくときもあるけど、リスクもすっごく大きいから。よく知らないうちに事故物件(DV、病的浮気性、ギャンブル中毒等)なんかと一緒になっちゃって、セックスの相性だけがいいからと別れられずにズルズル続けている夫婦を何組見たことか。

「喧嘩するほど仲がよい」というのも程度問題で、まず夫婦が日常的に喧嘩しているというのはぜったい子供の情操教育に悪い。私の知人であんまり両親が喧嘩ばっかりしているものだから、とうとうたまりかねて子供三人が役所いって離婚届もらってきて無理やり親にハンコ押させた、なんて話もある。

婚活婚活と、世間では強迫的にいうけれど、「結婚適齢期」なんてしょせんは人の数だけあるんだから黙ってろよって佐伯は思う。もちろん、出会いがなければ話が始まらないから、異性のいる場に自分から積極的に出て行くのは大正解。いまはやりの「街コン」なんて、地元も活性化されるしいろんな意味でとてもよいアイディアだと思う。

ただ、その際につくづく肝に銘じていてほしいのは、決して「右へならえ」なんかする必要はなく、「結婚適齢期」というのはその人独自のものがあるってこと。 ぶっちゃけ、結婚なんて必要ない人だって世の中には大勢いる。それはそれでいいと思う。大事なのは「その人にとってどういう状態がいちばん幸せなのか」ということだから。

ようは「いつ、だれと、どうやって」が、自分にとっての正解か。そこさえ人目を気にして間違わなければ、幸せって人の数だけあると思う。なかには40過ぎてから運命の人に出会う人だっているだろうし、そこを「もう35すぎだから」と無理やり世間の決めた鋳型に自分を押し込める必要なんてないよ。