時間に遅れる、待たせる男は切り捨てろ!その理由とは?

【佐伯紅緒のスーパーカミオカンデ】

時間にルーズな男はたいてい駄目なやつと思って間違いない。

なぜなら、「待たせる」という行為が平気でできるのは無意識に自分を優位においてるからで、こういう男と付き合うと女はロクなことがない。

佐伯はどんなにいい加減に見えても、時間に正確な男は「ちゃんとした人」だと判断することにしている。それって、まず間違いない。待ち合わせ時間通りに来る男、万一遅れてもきちんと事前に連絡を入れてくる男というのは、人としても信用がおけるし、社会的にも成功している人が多い。ようは、接する相手に基本的なリスペクトができる人間かどうかということで、それが、この「時間を守れるか」という一点に集約されているのである。

そしてこれ、女の側にも大いに責任があることだ。
なぜなら、「時間にルーズな男」を製造してしまうのは、おうおうにしてそのルーズさを許してしまう女だからだ。何時間でも待ってしまい、文句ひとつ言わない女というのは、一見できた女に見えるかも知れないけれど、じつはこれ、ただの依存なのだ。

女には「待つべき時」と「待ってはいけない時」がある。約束の時間に男が遅れ、フォローもないままズルズル待たされる場合、これは誰がなんといおうと「待ってはいけない時」なのである。
いかに相手に惚れていても心を鬼にして席を立つ、自分のためにも相手のためにもこれが正しい態度なのだ。心をその場に残しつつも毅然として立ち上がり、背筋を伸ばしてその場を去る、これはなにより自分を大事にしているという自分へのアファメーションになるし、相手の男を図に乗らせないための薬にもなったりするのだ。

男というのはズルイから、いったん「この女はいくら待たせても平気」という箱に入れられてしまうと、よほどのことがない限りその箱から出るのは難しい。そういう男に「おろそかに扱ってはいけない女」と思わせるには、やはり最初の段階から「これはダメ」という線をビシッと引くしかない。

だけど、たいていの女は惚れてしまうとこの線引きを忘れてしまう。最初は男の方がテンション高いからさしたる努力は必要ないけど、時間が経って男のテンションが落ちてきた時が勝負である。このときにすべき努力を怠り、ズルズルと男の言いなりになり、挙句、男になんのファンタジーも抱かれなくなって捨てられる女のなんと多いことか。
だから、かけひきとかそういう技巧的なことよりもなによりも、まず、「自分を大切にする」という大動脈を守ることが肝心なのである。

そして一方、女には「待つべき時」というのも存在する。よく、付き合い始めの段階から「私のことどう思ってるの?」とか「今晩中に結論出してくれないと別れる」などと、すぐに白黒つけたがる女がいるけど、これはただのセッカチに過ぎず、たんなる自爆というのである。機が熟してないのにむやみに結論を迫り、せっかくの良縁を自らフイにする女は多い。それもこれも、「待つべき時」に待つことを怠り、「待ってはいけない時」にみじめに待ち続けてしまった結果なのだ。

佐伯はこの問題の回避法として「あんまり相手をご大層に考えない」ことが肝心だと思っている。
いくら相手が魅力的でも、わざわざ相手のペースになんぞ合わせてやる必要はない。失礼な態度を取られたら「ほう、こいつはその程度のやつなのか」ぐらいに思っておけばいい。まかり間違っても「これって私が愛されてないからだわ」などと卑屈な考えを持ってはいけない。 初回に関する限り、相手が失礼な態度をとるのはあくまでも相手の問題なのだ。もしそういう相手に出くわしたら「この人バカだなあ」くらいに思ってさっさと次に行けばいいのである。

そして締めくくりになるけれど、もし幸せになりたかったら、最初から「待たせない」男を選ぶのがいいと思う。これは断言できることだけど、必ずしも「忙しい男」=「待たせる男」ってわけじゃない。本当に仕事のできる男は信用の大切さを知っているので、たとえ彼女が相手でも時間は可能な限り守るものだ。忙しくて会えない時も必ずなんらかの埋め合わせをする。
重ねて言うけど、忙しさをアピールして時間にルーズな男というのは、時間管理の下手な男か、たんに忙しがってる自分が好きな男か、わざと女を待たせることで自分の価値を上げようとしているケチな了見の男に過ぎない。いずれも一緒になったとしてもさして幸せになれるとは思えないので、もしこういうのと関わりを持ってしまったら熟考をおすすめする。

女にとって「待つ」「待たない」は重要な問題である。同じ「待つ」にしても、「許しの心」で待つのと「依存心」で待つのとは天と地ほどにわけが違う。そして「待たない」にしても、相手に対する「教育の心」で待たないのと「意地」や「プライド」で待たないのでは違う。どっちを間違えても幸せが遠のくという諸刃の剣なのである。
結局、佐伯が思うのは、「待つ」にしろ「待たない」にしろ、選択の自由があってどちらも臨機応変にできる女が幸せになれるんじゃないかということ。待つべき時は待ち、待ってはいけない時には迷いなくスックと席を立つ。なかなかできることじゃないけど、もしできたらすごいよね。