モテるよりどういう人に好きになってもらいたいかを先に決めて!

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今朝、何の罰ゲームかっていうくらいおっかない夢を見て目が覚めました。

それは、「私は独身で、スキーとスノボと○ィ○ニーランドが大好きな男性と結婚を前提にお付き合いをしている」という夢でした。

 

夢の中のその彼(知らない人)は私より年下で、もうほんといい人で、三高・将来性バッチリ、家柄も人柄も見た目もよく、すごく大事にしてくれて、だけど私はその人と一緒にいるのがいやでいやでいやでいやでたまらず、なんとかこの人から逃げ出そうと毎日ボロボロ泣いていた。

 

目が覚めて、私はなんであの相手があんなにいやだったんだろう、と考え、ほどなくシンプルな結論「一緒にいて楽しくなかったから」にたどりつきました。

 

たぶん私は、この世界ではマイノリティなんだと思います。

世の中には私のようでなく、ああいう見た目のいい、スキーとスノボと○○ズニーランドが大好きな人と一緒にいるのが楽しい、と思っている女性のほうがずっと多いはず。

 

「一緒にいて楽しい」ってそれほど自分にとって大切なことなんだ、とこの年になってよりによって夢で思い知らされた次第です。

 

子供の頃は友達がおらず、いつもひとりで本読むか、近所の川で魚とりをしていたような女ですから、大人になっても彼氏なんか・・・と思いきや、これがけっこうできたんですね。

 

ただしそれは、魚でいえば大間のマグロとか渓流のアユみたいな高級魚じゃなく、

魚介図鑑のいちばん最後のほうに載っていそうな魚ばかりでした。

よくいますよね、深海4000メートルで生きてるやつとか、アマゾン川あたりにいる、古生代から生きていそうな、エタするとエラじゃなく肺呼吸とかしてそうなやつ。

魚のくせに土の中で何年も冬眠できるようなやつ。

そういう魚を見かけると「おお」と心ならずも胸がときめき、魚のほうも「おお」と寄ってくる、そんなお付き合いばかりでした。

 

当然、そんなお魚ばかり食べていると幸せにはなりにくいです。

中には毒を持っているものもいますから、そういうのに当たって何か月か身動きがとれなくなったこともあります。

もちろん、こんなんじゃいけないと思い、無理して身体によさそうな魚を食べようと頑張ったこともあります。

でもその結果、私はノロとインフルエンザとデング熱を足したような症状に見舞われました。

病室の真っ白い天井を見上げながら、当時30歳だった私は思いました。

ああやっぱりこういう、食習慣ってなかなか意識的に変えられるもんじゃないんだな、と。

ならば早死にしてもいい、食べたいものだけを食べて死のうと。

そうして自分に正直になってみて初めて、私は衝撃的な事実を発見しました。

私自身が他でもない、深海魚だったのだと。

いやー、スッキリしましたね。なあんだ、それじゃ仕方ねえな、って感じ。

 

蝶の幼虫は食べる草が決まっているから、きっとその点で悩みはないと思います。

悩むのは選択肢が多いからで、だから霊長類のヒト科はもっとも悩みが多いのでしょう。

でも、自分の好みを知ることで、ある程度その悩みは減らせる気がします。

その最たるものがおそらく恋愛。

最近私は思うんです、人間、人の数だけ好みはあると。

だったら、DV男とかそういう、身の危険に関わるほどの相手じゃない限り、深海魚だろうが肺魚だろうが古代魚だろうが、自分さえよければそれでいいんじゃないでしょうか。

 

なんかこう、「愛される秘訣」とか「手放したくない女になるための○箇条」とか、そういうのも大事なんですけど、そういうのってまず第一に、

「自分はどういう相手に愛されたいのか」とか、

「自分はどういう人に『この人に手放したくないと思われたいのか』」とかをまずはっきりさせる必要があるんです。

そうでないと、いくらメソッドを勉強しても意味がない。

……というわけで、佐伯はこの冬が終わるまでにアンコウ鍋を食べに行こうと思ってます。