【声を大にして言いたい】イタい40代って何?幸せな40代ならあるよ!

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ついこないだ、とある企画でこんな相談を受けた。

「現在、心の風邪をひき、長年勤めていた会社を辞めて自宅療養中です。こんなイタい40代の私になにかアドバイスをください」

 

「イタい40代」ってなんだろう、としばし考え込んでしまった。

だってこの女性の場合、「40代独身無職」というのはべつにイタくない。

心の風邪で療養中、というのは大変そうだと思うけど、「イタい」というのとはちょっと違うような気がする。

そういえばついこの間、スタバで「イタい」60代女性に会った。

「ねえちょっとアンタ、ここ、あいてるんでしょ? (返事を待たずに)椅子借りるわよッ」

イタいってこういうのをいうんだよ。違うか?

どんなに身綺麗にしていても、電車でお年寄りが目の前に立っているのに席を譲らない女性とか、自分から食事に誘っておいて当然のようにおごらせようとする男性とか、もう本当に「イタい」人って世代に関係なく存在する。

でもちょっと気になったので、身近な20代女子をつかまえて聞いてみた。

「ねえねえ、アナタ方から見て『イタい40代女性』ってどんな人?」

そしたら彼女、うーんそうですねえ、と言葉を選びながら教えてくれた。

1.自分の年齢を自覚せず若作りが痛ましい人

2.プライドばかり高く常に上から目線で接してくる人

3.話題がいつも人の悪口や噂話ばかりの人

4.若い女性と張りあおうとする人

5.してもらうことしか頭になく、いまだに与えることを知らない人

上記の項目から透けて見えるのは「若さとか美しさとか、生まれつきのものが歳と共に目減りしてきているのに、未だ代わりのものを得られないまま右往左往してる人」である。

実際、女は何も努力しないでいると、30の声を聞く頃からパタッと男にモテなくなる。

こういう時、なまじ若い頃にチヤホヤされた経験を持つ人ほど、次世代へのリニューアルチェンジに苦労する傾向がある。ものの言い方ひとつにしても、年をとると通用しない事柄が増えてくるからだ。

で、「なにクソッ!」ばかりに「見た目のカーボンフリーズ(笑)」をはかる人も出てくるんだけど、悲しいかな、どんなに頑張っても、肌のハリとか見た目のみずみずしさとか、なにより、生命エネルギーの輝きで若い女に勝てるわけがないのである。

ただし、見た目をそれなりにキープしつつ、加齢と共に話術とかカリスマ性とか他人を思いやる能力とか、代わりのものをいろいろとインストールしておくと、年をとって急にモテなくなる、などという事態は避けられる。

そこで佐伯がもっとも重要と考えるポイントは大きくふたつ、

40代になった時、

「どれだけ他人に貢献できる自分になっているか」と、

「どれだけ自分を楽しませられる自分になっているか」である。

そうなの。

人の役に立つのと同時に、自分も楽しくないと意味がないの。

なんていうか、このご時世、自分がイタいとかイタくないとか、考える自意識の肥大がまず不幸のもとなんです。

だったら、多少見た目がイタくても、やってることがイタくても、イザという時にお年寄りに席を譲れる自分でいればいい、と佐伯は考える。

大事なのは、自分がその状態に満足してるかどうかってことだから。

あと「美しい40代」「楽しい40代」が一致するとは限らない。

たとえば他人の期待ばかりに応え、「美しい自分」を演じていると、「本当は私、そんなんじゃないのに・・・」と入らなくてもいい牢獄に自分を押し込めることになる。

一生それってきついぞう。だったら早々に「私はこうです」とカミングアウトしちゃったほうがラク。

そもそも人間、

・自分に正直に生きることがそのままなにかの役に立ち、

・気の置けない友達が何人かいて、

・自分ひとりを養えるくらいの収入があり、

・自分を楽しませる趣味を持ち、

・行きたい場所や住みたいところ、食べたいものを自由に選べる

このへんのカードが揃っていれば、とりあえず幸せにはなれると思うのです。

もちろん、霊長類ヒト科だから、それぞれ個人差はあって、

・ワタシの人生にはいつも劇的な恋愛がなきゃイヤ! とか、

・お金死ぬほど稼ぎたい! トップになってやつらを見返したい! とか、

・スポットライトを浴びない生活なんてワタシにはあり得ない! とか、

・死ぬまでに不朽の名作を書きたい! とか、

それはそれで、それが魂からの願いなら、じゃんじゃんやればいいと思う。

ただ、佐伯は若い頃、ある人からこんなことを言われたことがあります。

「佐伯さん、それ、もしかしたらオブセッション(強迫観念)かも知れないよ」

つまり、

「~でなければいけない」という強い思いは、本当に魂からの信念であるかも知れないけれど、場合によっては誰かに刷り込まれた「本当はいらないもの」かも知れない。

その見極めが大事だと、佐伯はある時、その人からやんわりと諭されたわけです。

結果的には、その時佐伯が「なくてはならない」と思っていたものは、その人が言った通り「別にいらない」ものだった。

世間的にこうだから、と流されていただけだったんです。

恋愛とかでも経験ありませんか? 「この愛にすべてをかけて」なんて思っていたのが、いざ終わってみると「なんであんな男に・・・」と自分をグーパンチしたくなるような瞬間。

こういうのって時間が経たないとわからないことが多く、だから例の、

神さま、私に変えられるものを変える力を、

変えられないものを諦める勇気を、

そして、変えられるものと変えられないものを見分けることのできる目をください、

という、ネイティブアメリカンの教えが大々的にフィーチャーされたりするわけです。

最後にまとめに入りますが、

佐伯は結局、冒頭の40代独身女性には、

「イタい40代にならないための方法は知りませんが、幸せな40代になる方法ならいくつか心得があります」と答えました。

すなわち、

・気の置けない飲み友・飯友をつくる

・同好の士と心ゆくまで趣味について語らう

・他人の目を必要以上に気にしない

・見た目はそれなりにケア

・人には優しく

以上です。

簡単でしょ? わー、いろいろ書いてたら今週は長くなっちゃった。