BARでやってはいけない!嫌われる一人飲みの女の特徴

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一日中家で原稿を書いてると、夜、誰か外の人間とむしょうに話がしたくなる。

そういうときは近所のバーに行って相手をしてもらうんだけど、こないだ、ちょっと毛色の変わった女性がカウンターにいるのを見かけた。

ひとりで飲みに来ているその50代女性、たまたま隣り合ったギョーカイ風の男性に一生懸命話しかけてる。

近所に住む裕福な主婦らしく、会話の合間に「うちの息子が~」とかいうのが聞こえる。

地味なスーツにメガネをかけ、どっちかっていうと止まり木の女というより、PTA会長とかのほうが似合いそうな、かたーい感じの女の人。

その女性が、昔の日活映画みたいな「あそばせ言葉」で一生懸命男に話しかけていた。

 

そのうち、女性はギョーカイ風男性にお説教をし始めた。

「あなたもね、いつまでもそんなことではいけませんわよ、人間てみんな太陽なの、みんな、神様からありがたーい太陽をいただいて生まれてくるの、だからあなたも自分のその太陽をだめにしてはいけないわ、よくって?あたしも若い頃はねえ・・・」

 

ギョーカイ風男性、いかにもおざなりに「はあ、はあ」とあいづちを打ってる。

私、思わずカウンターのマスターのほうを見る。

目が合った瞬間、マスター、何も言わずに深々とうなずいた。

 

その女性、しばらくすると今度は私に話しかけてきた。

「~なんですのよ、ねえ、お嬢さん?(←私のこと)」

いきなり話をふられても困る。中途半端な笑顔を浮かべ、なんとなく受け流したが、その後もその女性、私が帰るまで、

「そう思いません?お嬢さん」

「~なのかしらねえ、ねえ、お嬢さん」

と、何度も話をふってきた。

ひとりでいる私に気を遣ってくれたのかなあ、なんて考えていたんだけど、その女性が帰った後、バーのマスターが私に言った。

「よく来る『遊び人』なんですよ、あの人」

どうやらいつもひとりで来てる男性をつかまえては、同じことをしてるらしい。

「お連れさんなのかと思ってました」

私がギョーカイ風男性にぽつりと言うと、

「いえ違いますよ。人生の大先輩が、一体なにいうのかなーと思ってずっと聞いてました」

 

 

バーに女ひとりで飲みに行く理由はきっと人それぞれだと思う。ただ、「出会い」が目的の場合、その心得はとりあえず次の三つ。

 

1.まずはそこの店長と仲良くなる

2.いやがる相手に無理強いしない

3.気持ちに余裕のあるときに行く

 

若者が背伸びして大人の店に行くのはハードルが高いように、中年以上の人間がひとりで若者が集まる店に行くのも大変に勇気がいります。

でも「違う世代の人と話したい」のなら、悪目立ちは避けたいもの。

今の自分にとって「場違いな店」というのは、できれば最初はその店の常連さんと一緒に行ったほうがいい。

そこでマスターと仲良くなれば、次からはひとりで行ける。

それで誰かと仲よくなりたかったら、一番いいのはマスターから「ああ○○さん、この人、××さん」と紹介してもらうこと。

じつはこれがベストです。

酒場での失敗を数多く繰り返し(今でもときどきやってしまう)、ひとつひとつお作法みたいなものを教えてもらった結果言えることは、

女がひとりでバーに行くのは、ニンゲン力を磨くための「滝行」みたいなものだということ。

カウンターにひとりで座り、マスターと会話して、フィーリングがあえば隣の客とも話す、大人になったらそういうのが自然にできる人になりたいと思っていた。

でも実際、大人になってやってみたらそれは「滝行」だった。今もそう。

私もいまだに失敗します。気づかされること、いろいろある。

でもそこで大事なのは、同じ間違いはしないこと。

人には人の事情があり、それを無視して話を進めようとすると冒頭の女性みたいに空回りする。

ひとりでじっくり飲みに来てる人にむやみに話しかけてはいけないし、その気のない相手を相手にやたらと口説くのはもっといけない。

その一方、ちゃんと基本的なお作法を心得て場にのぞめば、面白い出会いが待っている

桃井かおりさんとか加賀まりこさんみたいな、そういう、ひとりバーカウンターが似合う女の人って今の日本にはまだまだ少ない。

私がバーで見たあの50代女性は、わざわざ若い人たちが集まる場所にたったひとりでやってきた。

そこは買う。だってそんなの、勇気がないとなかなかできることじゃないから。

ただ、せっかくその度胸があるなら、もう一歩グレードアップして欲しいと思ったのも事実。

どうせなら、夜の盛り場に夜ごとたむろす「あのヤリチン野郎ども」に「おっ、この女性は手ごわいぞ」と一目置かせることができるような、スマートでエロくてカッコイイ飲み方をしてほしい。そんな風に、今夜もバーカウンターの隅っこにはりつく40代の私は思うのだ。