なぜ傷つくと分かってて元カレ検索をしてしまうのか

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【佐伯紅緒のスーパーカミオカンデ】第113回

今週は、今年最後の奄美大島でこれを書いてます。

私は年に何回か骨休めに奄美の離島に行くのですが、宿の縁側で黒糖焼酎を食らっててもいろんな恋愛話が入ってきます。

友達のダンナ様を好きになっちゃったんだけどどうしようとか、女つくったダンナへのあてつけに自分も浮気したら本気になっちゃってとか、しかもそいつが借金まみれの女グセの悪い男でとか・・・etc。

島の人たちは情熱的な分、くっついたり離れたりが都会のひとよりむしろ激しいみたいです。

でも、そういう南の楽園にも近年、ちょっとした変化が起こりつつある。

それは、ソーシャルネットワークの普及による情緒的危機の問題。

えー、ひらたくいいますと、

「せっかく平穏な生活を送りたくて離島にIターンしてきたのに、フェイスブックとかでIターンの原因となった元カレ検索とかをうっかりしちゃって、そこで彼と新しい奥さんとのラブラブライフとかを見てしまって」

ってやつ。

そんなの、楽園に来た意味ないじゃん、って佐伯とかは思うのですが、本人的にはそのへんがどうにもコントロールできないらしいのです。

でもまあ、前に山田ジャパンの「盗聴少年」という芝居を観たときに心に残った台詞がある。

それは、

「人はそこに情報があれば、それが自分を悲しませるものだとわかっていても見てしまうものなんだ」

というもの。

しかもそれが、いまは携帯電話一本でできてしまうという悪魔的利便さがある。まあ、たいていの人間はあらがえないと思うのですよ。

件の彼女の場合も今はもう離島にいるのに元カレ検索をしてしまい、さらにそこからさかのぼって奥さんのフェイスブックまで追ってしまったらしい。そこで、これでもかとそこにアップされている「元カレと子供たちと行った運動会の写真」なんかが目に焼き付いてしまい、おそらく生涯消えないほどのトラウマになってしまったそうです。

まあ、他人から見たら笑っちゃいかんよっていう話なんだけど、こういう思いをしたことのある人ってけっこう多いんじゃなかろうか。

私もフェイスブックではやったことないけど、ネットで元カレ検索ならやってみたことがある。

結果は、やっぱりいいことなかった。自分にさんざんイヤな思いをさせた相手が幸せになってるのを見ればウーッてなったし、逆に相手が一週間前に病気で死んだという事実を知らされた時は数日間なにも手につかなかったから。

だから正直、元カレ検索をし続ける人や、一緒にいる人の携帯をちょいちょい盗み見る人の心理はわかるといえばわかるのだけど、嫌な思いをするってわかってることはできればしないほうがいいと思ってます。

フェイスブックで幸せアピールをし続けるその奥さんに感じることも、そういう写真をただ幸せの記念としてアップしてるならよいのだけど、もし何か見えない敵に対して徒手空拳してるならその必要はまったくないってこと。

今あなたの隣にいるダンナさんは誰でもないあなたを伴侶として選んだのであって、過去にどんな恋愛をしてきたのかとか、どんな元カノがいたかなんていちいち気にする必要はない。彼が今あなたの隣にいる、その事実だけを見たほうがいい。その方が精神も安定するし、余計なことに気をもまずに済む。

そして今日もついフェイスブックで元カレ検索をしてしまってる彼女に対して思うことは、月並みなようだけど、「前」ばかりに目を向けず、「今」を大事にしたほうがいいってこと。

変な情報を入れなければ古傷は勝手に癒えていく。絶対に消えていく。なぜなら、人間は生まれつきそういうふうにできているから。

だから、自分からあえて治りかけのカサブタをはがすような真似はしないほうがいい。どうしても元カレ検索がやりたければ、それはもう自分が何を見てもへいちゃらなくらい不動の地位を築いてからにしたほうがいい。もっとも、自分が幸せになっちゃったら元カレ検索なんて、きっともうどうでもいいことになってる気がするのです。

あ、お昼になってしまった。今日は佐伯、これからほっかむりしてみかん狩りに行ってきまーす。